今いるところをパワースポットにする方法

今いるところをパワースポットにする方法

今いるところのたとえば畳一畳分(たたみいちじょうぶん)のところを定めてそこを雑巾(ぞうきん)で丁寧によく拭いて掃除します。

ゴシゴシとよく拭いてきれいにきよめたとします。

するとこれを実行した人は、本当に不思議なことに、エネルギーがアップしていることが分かるのです。

つまりその清められた畳1畳分のスペースはパワースポット化されたと言うわけです。

しかしこれでは本当にそこがパワースポット化されたのかどうか、 あるいは本当に自分自身のエネルギーがアップしたかどうかは、そのままでは分かりません。

腕相撲による検証

そこでです、事前に腕相撲をする自分より強い相手を予め選んで決めておきます。

それから先ほどの畳一畳文の清掃を自分でゴシゴシしっかりと約三分ほどやります。

その後で、先ほどの腕相撲で負けた相手ともう一度腕相撲をするのです。

すると、なんと清掃した人の方はそのパワーアップによって相手に必ず勝ってしまうのです。

何度やっても結果は同じです。

この事実はいったい何を物語っているのでしょうか。

少し考えてみたくなります

無論、これは一つの仮説として考えていただいて結構なのですが、まず人の力には弱い強いと言うエネルギーの強さの差が厳然としてあります。

これは仮説ではなくて事実です よね。

仮説というのは次のことです。

人にはそれぞれ力があり、人と比べれば強さの差があります

ところがこの力関係の世界の他にどうやらどちらにも属さない世界があるようです

それは昔から0ポイントエネルギーの世界とか、ニュートラルエネルギーの世界あるいは般若心経の「空」と言われる世界、禅宗などで言われている「無」の世界、悟りの世界、あるいは宇宙意識の世界、宇宙と自分とが一つに溶け合っている世界、どうやらそういう世界があるという仮説とここではしておきます。

どうもそういう世界が「いのち」と言われている世界の中にあるらしいという仮説です。

しかし、この世界をはっきり自覚するということはできないのが普通なのです。

この自覚を求ねるとなると、それこそお釈迦様のように何年もの間苦行難行を重ねて行かなければならず、それでもとても難しいとされる世界です。

この境地を求めて気違いになった人もいます。

ところが 、その自覚はなくても、体感できなくても、そういう世界と一つにつながるのに例えば「意識を変える」とか「掃除をする」ということなどによってそのニュートラルエネルギーの世界を自分の中で稼働(かどう)させる或いは働かせることができるようです。

清掃によってそこがパワースポット化する不思議

つまり先ほど述べた実験は「清掃」でした。

このエネルギーはいわゆる腕力などの力の世界のエネルギーでは なく、 ポジティブなパワーでもネガティブなパワーでもないのです

ですからそれは目に見えない霊的世界のエネルギーとでも言ったらいいのでしょうか。

ニュートラルエネルギー状態になった人というのは、なにしろゼロエネルギーなので、相手からすると力が入っていかない状態になっている、それで、結果、ニュートラルエネルギー状態になった人が、ほんの少しだけ力を入れるだけで簡単に相手は負けてしまう、ということになってしまうのです。

多分、合気道などの極意もそこにあるように思います。

とにかく、それは何かいいことがあったり幸運なことがあったりしてハイテンションになるパワーではありません。

むしろそういう状態では、その0(ゼロ)ポイントのソースエネルギーというものは稼働しません。

だから力比べをするとハイテンションになった人の力は、実際弱いです。

実験をしてみるとよく分かります。

無論、ネガティブになっている人のパワーも力は弱いです。

この状態を 放っておけば、病気や事故や事件に巻き込まれる可能性が高まります。

そういう理由で、ネガティブになっていることは無論良くないことですけれども、その反対のポジティブになっているハイテンションも必ずしも人の理想的な心の在り方ではないとも言えると思います。

要するに、いわゆるハイテンションという状態は決して理想的な心の在り方とはいえないということになります。

だからこそ、薬物を使用してのハイテンションの追求などは言語道断(ごんごどうだん、もってのほか)で、決して好ましいことではないのです。

廃人になるだけです。

悟りと言われるものの「理想的なほんとうの心の平和(peace of mind)や平常心」とは全く無縁のものだということがわかります。

悟りと言われている道は、ハイテンションの世界ではなく、その平常心の世界です。

だからこそ「平常心、これ道」と言うのでしょう。

それはハイテンションが、心の落ち着きを失っているということでよく分かると思います。

一つの興奮状態というだけのことなのです。

0(ゼロ)ポイントエネルギーに入ると「平常心これ道」が開けます

これはひとつの仮説としてですけれども、考えられることは人間は体の中に「こころ」の中に0(ゼロ)ポイントエネルギーの場という「空の世界」が広がっている、と考えることができるかと思います。

その「こころ」とはおそらく「いのち」の本体の世界ではないかと思います。

それはよく言われる「私はあなた、あなたは私」のワンネスと言われている世界かもしれません。

だからこそ「自他のために行う」清掃行為の中にそういうニュートラルなエネルギーが自ずから稼働してくる、生まれてくるということかもしれません。

単に清めるという行為のみならず「思いやりとか愛の行為」そのものにはそういうエネルギーを生む何かがあるということかもしれません。 

確か一昔前に、「トイレ掃除」が、「運気をあげる」とかいうことで話題になったことがあったと思います。

当時は自分もこうした類のことを小馬鹿にしていたふしがありました。

その理由は、やはり、その原理的説明ができる方に、運悪く出合えていなかったからだと思います。

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