運命は心の眼で支配せよ!2

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最大最強のパワー・スポットはあなたの内にある

神を外に求めてもみつかりません。

では、なぜ、天空遥かに或いは外に神を追い求めても見つからないのでしょうか?

あなたは、はじめからいのちという神の中にいるからです。

はじめから神の中にいますので、神はいつでもどこでも、あなたの手足よりも近くに神はおられ第一に、あなたのなかに神がおられなければあなたは生きていられません。

あなたにとっての最大最強のパワー・スポットとはそこです。

第一に注目すべきはそこではありませんか?

そこって言われてもわからない?

そういうわけで、今、多くの人たちの間で、おかげを得ようと各地の神社へのパワースポットめぐりが流行ってるようですが、第一義的には、それはあまり感心しません。

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神社とは何か?

だって、そもそも日本の神社というものは、弥生の昔から、日本国建国のために、天地大自然のエネルギ-(八百万の神々)を集結し循環させる霊的拠点として斎祀(いつきまつ)る為に多くのお社(やしろ)が創建されたからです。

神社とはそういうところなのです。

今の神社の起源は、奈良での大和政権という新しい日本国の建国に伴い、国の礎の霊的仕組の為に、出雲(いづも)からはじめて、広田、長田、生田(いくた)、更に東に進んでは、大神(おおみわ)、大和(おおやまと)、伊勢の神々、そしてさらに東の最果てに、鹿島・香取の神社が創建されたことに始まります。

そして人々による厚き敬によって神々はその威力を増し、人々はその神々の御神徳(エネルギー)によって日本国の未来と人々の運勢に力を添えることができる仕組みを作り上げてきたわけです。

それゆえに、ここで一度、「人の厚き敬によってのみ神々はその威力をます」ということを、考えてみてほしいのです。

つまり、人間がその崇敬をやめたら神々はその威力が、そのエネルギーがなくなっていく、ということにはなりませんか?

では、ここで言う神とは、なんですか?

人がいなければ神も仏もその威力を失う、ということではないですか?

そういう意味でも、むしろ、自分の中にあるいのちの神の方が確実に実在しています。

そのエネルギーが祈るとか想い(崇敬)によって、すなわち「人の敬によって」少しづつ蓄積されてその威を増し、その溜まったエネルギーの神の徳(霊験というもの)をいただく仕組みが、神社の仕組みだということです。

だから、神社とは、多く鏡が置かれているように、そこに「己が内なる神」を写す鏡を見て決意を新たにする、或いは”既に得たりと感謝する”、これが神社参拝ないし祈祷のほんとうの姿だと思います。

神社は、決して哀願したり泣きつく所ではないんですね。

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