お釈迦様の遺言ー自灯明・法灯明(じとうみょう・ほうとうみょう)も”I am that I am”のことです。

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本当はすばらしい自灯明(じとうみょう)・法灯明(ほうとうみょう)の教え

お釈迦様は、言うまでもなく史上の四大聖人の一人です。

よくよく調べたわけではないのですが、お釈迦様はやはり巨人中の巨人だと思います。

特に「自灯明・法灯明」の教えにおいては、やはりイエスキリスト・ソクラテスクラスの人類最大の教師の一人だと思います。

なぜかと言いますと、この教えはほとんどの宗教家の教えとは真逆の正しい教えだからです。

そして、色々検索してみましたが、この「自灯明・法灯明」の教えを、これもよく調べたわけではないのですが、色々検索してみてわかったことは、誰一人としてこの真理を教えてくれる人はいなかった、ということです。

自灯明とは、自分自身を唯一の頼りとして生きていきなさい、という意味のお釈迦様の最後の遺言と言われています。

自分自身を灯(とも)しびとして、これから先の見えない暗闇のような人生を歩いて行きなさい。

ふいに停電した夜にともすロウソクの明かりのように、食べるものがない場所でも自分があかりとなって暗闇を照らすことができるように、と言うということです。

もし自分以外の誰かを灯火(ともしび)として誰かに照らしてもらって生きていたのでは、もしその人がいなくなってしまったら、人はもう真っ暗闇の中をさまようことになってしまいます。

道元禅師も言ってはいます。

「仏道をならうというは、自己をならうと言うことである」と。

でも「自己を習う」 ということについての具体的な方法は教えられていないのです。

この意味で、道元禅師も「今一つ」という感じは免れません。

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本物の宗教

そしてお釈迦様は物や他人はもちろんのこと、お釈迦にも依存してはいけない、と言うのです。

信仰さえも捨てなさい、と言うのです。

ここが並みの宗教家とは決定的に違う本物の宗教家の面目です。

自分の教えや自分自身に帰依しなさい、とは本物は言いません。

大抵の宗教家はこれとは違って、「寄らしむべし、(本当のことは)知らしむべからず」を行って、「自灯明」ではなく、自分が祀る外なる神や仏などの「他灯明」に誘導しようとします。

これが一般に言われる宗教です。

しかし、仏陀は「自己の中の神仏」のみを拠り所とせよ、と言うのです。

だから釈尊は本物の仏陀だということです。

そしてこの本物は「全ての苦しみは執着から生まれるから、全てを手離して楽になりなさい」と言っています。

お釈迦様は「法によれ」ということを言っておられ、自分が亡くなった後には、何が拠り所かと言えば法であると、言うのですが、それは実は目に見えない「法の力に支えられている自分」というものを教えているのです。

そうです、「自分とは何か」、これがまずわからないければどうにもならない、そしてこの自分の有り様を支えている「法とは何か」が分からなければ、法に頼るにもたよりようがないのです。

そこで自分とは何か、そして法とは何か、が分からない現状においては次善(最善とは言えない次の対策)の解釈をしてお茶を濁しているのが現状のようです。

もう一度言いますが、自分を灯(あ)かりとできる人は果たして何人いるか、という疑問があります。

また、法灯明と言ってもその法則とは何かがわからないのに、これに頼ることもできないでしょうという話です。
つまりブッタの最後のとても大切な遺言の自燈明と法灯明と言われても、次のような答えしかないという現状です。

たとえば、「四念住(しねんじゅう)、八正道(はっしょうどう)の中の正念(しょうねん)」と言われることを実践することが「本当の自灯明・法灯明」だと主張する方もおられますが、これも大いに疑問です。

釈迦涅槃図(しゃかねはんず)

やって見られれば分かると思いますがこれで問題がはたして解決しますか?

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自灯明と法灯明とは”I am that I am”の真理のことです

そこで、私が長年探求し「自観法」に導かれてやっとたどり着いた真理ー”I am that I am”ーの神の法則こそが、このお釈迦様のの遺言「自燈明と法灯明」の教えにかなう最大の考え方であることを提案したい、と思います。

ー”I am that I am”ーの神の法則こそは、まさに自灯明の教えを満たし、そして自己の拠り所としての法灯明の条件を満たす一大真理だと思うからです。

まずー”I am that I am”ーの自分についての最大にして最高の真理(神の分霊としてのほんとうの自分という真理)を満たし、このー”I am that I am”ーの法則に則った生き方をすれば「能除一切苦(般若心経に約束されているあらゆる苦しみが取り除かれる)」の人生へと通ずるようになるということです。

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