天岩戸神話(あまのいわとのしんわ)の教えが人を救う

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再び”I am that I am-在りて在るものー”について

繰り返しになりますが、無論 I am that I am というのは基本的に神の構造でありますけれども、万物のそして人間の構造でもあるわけです。

神の構造としての I am that I am は、前のIも後ろのIも同じ全知全能の神とその分霊としての森羅万象でありますから、どちらも完全無欠でそのままで素晴らしい存在です。

一方人間の場合ですと I am that I am は前の方のIは完全無欠の無限なるものですけれども,後ろのIは自我ないし小我ですから、後ろのIが小我の状態をすぐ反映してくれるのが前のIですから、この I am that I am の構造の創造の原理がわかっていないと、人は基本的に五感の世界では訳が分からずに生きているわけですから、訳の分からない人生を自ら無意識に創造してしまっているわけです。

こんな I am that I am の神の構造及び万物のそして人間の構造などというものは、学校でも親も誰も教えてくれません。

おそらく皆さんも初めてお聞きになる話ではないかと思います。

聖書の中に「汝の若き日に汝の造り主を覚えよ」とありますけれども、別にこれは若くなくても老人でも何歳であっても、このことはとても大切なことだと思います。

これも I am that I am という構造の教えでもあるからです。

汝の造り主というは、あなたの中に宿っている、ここで言う前の方のIのことです。

無論、これは特定の宗教の話ではありません。

宗教というのは、ほとんどが、自分以外の何かに縋(すが)るように誘導します。

そして信者をコントロールして支配しようとします。

さらに自分は教祖で神だけれども、皆さんはそうではない、というようなスタンスで臨む場合がほとんどです。

しかし本当は、本当の独立自尊の自分の内なる神すなわち I am that I am の前のIに頼るということが正しいのです。

あなたの中に「ありてあるもの、 I am that I am 」の中に本当の神がいるからです。

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本物の宗教家は外なる神へは誘導しない

本物の宗教家、例えば、お釈迦様とかイエスキリスは外なる神に誘導しようとはしません。

例えばこれもすでに述べたことですが、ブッタの最も大切な教えはまず第一に、二つ。

一つは自灯明(じとうみょう)という教えです。

それは自分の中に光がある、という仏陀が到達した真理です。その灯の光を拠り所としてサイの角(つの)のようにまっすぐに精進しなさいという

仏陀

意味です。

具体的には I am that I am の前のIにのみ頼って生きていきなさい、そこにすべてがあります、という教えです。

それと、お釈迦様もやはり I am that I am のもう一方の真理である創造の原理のこともちゃんと触れておられます。

すなわち三界はただ心の表すところである、三界は唯心の所現である、と述べています。

三界とは、この五官が感じている縦・横・高さの三次元のこの世界のことです。

これは、まさに I am that I am の創造の原理の側面の真理です。

一方で法灯明という表現でこのことをお釈迦様はいわれている。

それは、やはり I am that I am に集約される宇宙の法則です。

現代風に言えば「引き寄せの法則」ですね。

あなたに起こる人生上の現象は、基本的に、全てあなたの心がまねき寄せたり創造したものだということです。

I am that I am というのは俗に言う、類は友を呼ぶという法則でもあります。

あなたが思うことが結局は現象化し、運命となっていると言う法則なのです。

とにかく、後ろのIをいつもできるだけ明るく楽しい気分でいれば、前の五次元の高次元のIもそれに応じて無限の愛・知恵・生命・供給を怒涛のごとく噴出させてくれる。

そしてこれが I am that I am という神の法則、お釈迦様の言う法灯、これを知ることが今流行の「引き寄せの法則」の真髄でもあったのですね。

結局、ブッタの自灯明も法灯明の教えも、この I am that I am の法則にかなった生き方をすればそれがそのまま地上天国をもたらすということを言っておられると思います。

そして、実は前のIは、愛であり、あなたの欲するものをいつでも叶えようとしている。

しかし強要はしないのです。

親切も押し売りは有難くはないからです。

また人は自由に生きたいからです。

隠れたる所におられる神は、あなたがこの仕組み、この構造が、実は、愛を秘めている構造であることを知ってほしいと願っていると思います。

前のIである創造主は、次元を異にして高次元の世界でいつも楽しく幸せで面白い笑いの中にいますから、こちらも常に幸せで楽しく面白く笑っていることによって、すべてがうまく回り出すようになっています。

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天岩戸神話(あまのいわとのしんわ)の教えが人を救う

ついでに孝明天皇が勅願所を建てられるほど帰依された、幕末が生んだ偉大な宗教家、黒住宗忠公(くろずみむねただこう)の悟りも、まさにこれでした

その悟りとは、嬉しい、面白い、ありがたい、この三つの気分が人間に揃うと、人はこの世で叶わないことは何一つなくなるというものでした。

また、この世が暗澹(あんたん)たる暗闇(くらやみ)となってしまった時に、天岩戸の外でみんなが笑いに笑い、笑い転げ

黒住宗忠公

ていると、どうしても出てこられなかった天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あまのいわと)からお出ましになって、再びこの世が明るさを取り戻した、という古事記の天岩戸神話も以上の真理を神話として伝えているものです。

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