「成功の法則の基本」としての自観瞑想法

今回は自観法についての哲学的な仮説の話をしてみたいと思います。

99.9パーセントが「仮説だ」 という仮説から

仮説とは言いますが、もともと科学的な学説も含めてそのほとんどの学説というものの99%が仮説だと言われています。

確か竹内薫(たけうちかおる)さんという方がそのような本を出しておられたと思います。

例えば「実験とか観察とか制度とか環境が変わると、またその結果が違って反証される」というようなことがよくあるそうです。

「科学的=真理」とは簡単にいかないようです。 

歴史的に有名なところでは天動説という仮説から今では地動説になっています。

数学の世界では、そんなことはないだろう、と思っていたらこれまた仮説だらけだと言うんですね。

数学でさえも仮説を立ててそれを証明して真理としているわけですが、その根本の仮説が結構あやふやだ、って言うんですね。

そのあやふやなところは公理として、それを前提に話を進めるというわけです。

とすると、やはりいい加減なところは数学においても同じだということです。

物理とか医学などは、実験によって再現可能なものは真理としていますけれども、この実験というのがまた実に怪しげなものなのです。

精度の問題とかで、違う結果が出てしまうからです。

それから、近年では環境問題がよく話題になっています。

例えば「温暖化の原因」の問題です。

アメリカのトランプ大統領などは、現在の環境問題である 温暖化の原因が二酸化炭素にあるという説に、これは利害も関係しているとは思いますが、賛同していないようです。

なぜなら、温暖化したので二酸化炭素が逆に空気中に増えたという説もあるからです。

最も厄介で深刻な問題なのは宗教上の仮説です。

ある宗教の仮説を真理として絶対視するところから、これを受け入れない人との間で争いが生まれる可能性がとても大きくなるからです。

自分の講演のお知らせ

次に、私事で恐縮ですが、今度、東京お茶の水で「弓前文書」をからめて神道の講演をする予定があります。

この下にそのお知らせが掲載されている「パンドラの箱は開けられた」に載っていますので興味ある方はクリックしてみてください。

 

自観瞑想法の哲学的根拠

それではこれから、自観法 の哲学の話をしますが、これも一つの仮説として読んでいただいて結構です。

実践されてみて効果があれば採用されれば良いと思います。 

まずはじめに、この大宇宙には、目に見えない絶対の世界と目に見える物質界の相対の世界から成り立っているという仮説です。 

絶対世界というのは対立するものが一切ない、目に見えない一つの霊的世界です。

絶対世界とは対立するものは一切ない世界で、しかも実在する世界という意味です。

それは、永遠の昔からあり今もありこれからも永遠にあり続け、非空間、非時間の実在の世界です。  

大宇宙意識

それは霊的な世界でかつ「大宇宙意識」の世界です。

そしてその大宇宙意識は己を展開させて観察し味わい楽 しむ ために創造 したものが、今現在我々が肉眼で見るこの大宇宙の物質世界だというわけです。

しかし、この世界はあくまで実在する大宇宙意識が自らを味わうために想像し創造した本来実在していないバーチャルな、空間が360度立体の世界です。

しかし、仮想現実の世界です。

本来は実在していない、空しい世界です。

織田信長が言ったように、この目に見えるこの世は「夢幻(ゆめまぼろし)の世界」です。

釈尊が言ったように、この世は「諸行無常」の世界です。

生まれやがて必ず死ぬ世界です。

相対的な世界です。

お釈迦様が出たついでに言えば、この絶対の世界と相対の世界は、「般若心経(はんにゃしんぎょう)」の中の「色即是空」の世界です。

織田信長

「色」というわれわれの五官の世界で観たり聞いたりできるこの森羅万象の現象世界は、相対の世界であり、「諸行無常」の世界であり、「夢幻(ゆめまぼろし)のバーチャル・リアリティの世界」で「空の世界」です。

しかしその「空の世界」が、同時に霊(0、零)の世界として、実在の絶対の世界という意味をも含んでいます。

つまり「空即是色」で、「何も無いように見える霊的世界の絶対界の空は、色という物質世界の立体スクリーンを作って目に見える相対世界のバーチャルリアリティ(仮想現実)を展開しています」

繰り返しますと、森羅万象というのは当然この物質世界の大宇宙の事を指します。

そして、そこには絶対界の「大宇宙意識」 が宿っています。

これを神道では「万物に神宿る」と言っています。

仏教では「一切衆生仏性(ぶっしょう)あり、仏性すなわち如来(にょらい)なり」と言っています。

ただし、絶対界の「大宇宙意識」は森羅万象の中に宿っているとはいえ、そこにただ閉じ込められているわけではありません。

逆に、「絶対界の大宇宙意識」の中に万物がある、ということです。

万物がそうであるように、人間もまた、その「絶対界の大宇宙意識」の中に」あります。

その部分を「あなたの中の神の分霊(わけひ)」と言い、これを「あなたの中の直霊(なおひ)=奇御霊(くしみたま)」ともいいます。
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自観瞑想法の具体的方法

ここまで話してから具体的な自観法のやり方に移ります。 

自分の意識の流れをじっと見るというのが自観法ですが、そこには喜びだけではなくて心配や悲しみや怒りあるいはいろんな雑念が浮かんでは消え、消えては浮かんでくる肉体の自我の表面意識があります。

これを静かにじっとただ眺めるということです。

基本的には、毎日の食べること、お金の事や異性のこと、セックスの事、また仕事のことなどに夢中になっている、或いは忙殺されているその心を、その意識の流れを一切の批判や裁きをしないで自観する。

この生活する自分のことを、肉体の自我とここでは呼びます。

ではここで静かに眺めている、自観している我とは何でしょうか。

まあ、自観法を始めたばかりの頃は、見ている自分も、見られている自分も、同じ自分かと思うかもしれませんけども、これを意識的に行うと、だんだんわかってきますが、確かに二つの自分というものがあることがわかってきます。

見る自分と見られている心の自分です。

自観法で眺めている自分というのは、実は先ほど仮説として申し上げた、絶対界にいる霊的な直霊(なおひ)の自分なのです。

それは絶対界にいる自分ですから絶対者の分霊(わけひ)なのです。 

もっと正確に言えば「絶対者の意識」です

全ての森羅万象の中に宿る無限なるもの、霊的なもの、絶対的なるもの、すなわちあなたに宿る「大宇宙意識の分霊(わけひ)」です。

また空海、すなわち弘法大師の真言宗などでよく「同行二人」といいますのは、実はこの二つの自分のことを指しているんです。

一般には「弘法大師と自分」 と説明されていますけれども、その奥義は「仏と自分」ですから、「絶対に属している自分と肉体我の自分」という意味です。

ついでに、ここで、これも仮説と考えていただいて結構ですが、きっと嬉しくなる「朗報の仮説」をお伝えします。

これは「私の大事な秘密の金言」の一つです。

弘法大師

ではお伝えします。

1「<絶対の世界>が<相対の世界の全てがどうなっても大丈夫>の根拠である」

2「だからこの相対世界に在って何があっても大丈夫」

3「だから何でも嬉しい!」

ですから、いつもそう思うようにする。

この1、2、3の言葉を口癖のように日々唱えてみてください。

きっと<あなたの内なる永遠の「絶対世界の大宇宙」>とつながれると思います。
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自観瞑想法でどんなことが期待できるか

1、人は誰でも1日のうち何回かは、感情の世界で 嫌な気分や落ち込むことがあるかと思います。

そんな時、最低1分以上でもいいですから、自分の心の流れをそのままに一切の批判とか判断を加えずにただ自観するようにします。

やってみると、意外と1分は長く感じられるかもしれません。

しかし最低1分は行わないと効果がないようです。

そうすると心が落ち着いてきます。

平常心に戻れます。

このように「感情の曇りを晴らす」には特に有効だと思います。

こういう意味では 自観法は一種の「禊(みそ)ぎ祓(はら)い」になります。

それから例えば、祈りを叶わせるには、例えば「和解していない人との和解を済ませてから祈りなさい。そうすれば祈りが叶えられる」というイエスの言葉を以前に紹介しましたが、人と和解するというのも、なかなかしんどいものですが、この自観法を知っていると、和解してない相手を思い浮かべながら、何度か自観していると和解する心が生まれて楽に和解ができるようになります。

時には、そういう相手とのことを自観していると奇跡が起こることもあります。

いきなりその相手から和解に似た伝言があるとか・・・。

自然な感じで相手と和解できるようになります。 

その方法としてもこの自観法はとても有効です。

「自観瞑想法、みそぎ祓い、感情の曇りの消去」➡「ムスビ、相手と一体になる」➡「祈り、心願」➡「実り、物事の成就」という経緯をたどっていい方向に行くと思います。

これはまさに「成功の法則」の基本でもあります。

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