「思い通り で ない ところ も、全て 思い通りである」人生とは何か?

人生は思い通り にはいかない理由

これまで自観法と言うという行法において 、二つの自分があるということを見てきました。

その二つの自分とは、常に流れている意識の流れとしての私と、これを見る私、この後ろの方の私は、なかなか普段は自覚しづらいものですけれども 「自観法」という行法をすると、 確かに流れる意識の流れを見ることができる自分というものがあることが分かります。

これを「肉と霊」、 「利己的な自分」と「利己的な自分を越えようとする自分」という風に捉えることもできます。

そしてその利己的な自分というのは「自分さえよければいい、あるいはまずは自分を守り優先させること」、それを至上命令とする、そんな自分です。

ところがもう一つの「利己的な自分を越えようとする自分」 、肉と霊 と区分けすると霊的世界の方に自分がいます。

 こういう自分が厳然とあるというのもまた事実なのです。

でも、大抵の場合は、利己的な自分を優先する生き方をどうしてもしてしまうのが我々煩悩(ぼんのう)の塊の自分です。
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肉体 の 自我 意識( 表面 意識)の世界

利己的な自分にとっての人生の関心事というのは、概ね次のようなものになるかと思います。

それは 肉体 の 自我 意識( 表面 意識)と言われる世界の自分です。

そんな自分の関心事は、まずは 健康であること、そして長寿を願う。

富と成功

次に お金 や 富 をたくさん 得る 事、 それから素晴らしい 異性 との 出会いがたくさんあって恋愛・結婚することです。

そこで 理想 の 子供を含む家庭を築き、 理想 的に 仕事をこなし、出世して 社会的 成功を得る。

そこで良好な 人間関係を保ちながら 、そこそこの高い

地位や栄誉を得る。

まあこんなところが肉体の自我意識の理想的な状況なのかもしれません。

一般的には、これが「人も羨む」という人生なのかもしれません。

そこで、いい学校➡いい大学➡いい勤め先、これを求めて多くの人が必死に勉強します。

そのために体を鍛えます。

ところが、多くの場合、このようないわゆる順風満帆(じゅんぷうまんぱん)の人生というのはなかなかありません。

それはどうしてかと言いますと、人には肉体意識を超えた「魂レベルの自分」というものがあるからです。 

「魂レベルの自分」

それは「利己的な自分を越えようとする自分」である魂が自らの進化と進歩を求めて、こういう順風満帆の人生をしばしば拒否するのです。

すなわち、魂が自らの進化と進歩を求めて、その 為 に 必要 と 思わ れる 最適 な 状況 を 創造 しようとするのです  

その 中 には、 病気 や 怪我、 お金 を 失う 事、 失恋や離婚、 失業、 失敗、 社会的 地位 や 名誉 を 失う 事、 人間関係 を 失う 事 など、 一般的 に、 不幸・不運 と 呼ば れる よう な 状況 を作り出しては、その魂を磨き 進化することをめざすのです。 

そこで、「やはり人生は思うようにはいかないなあ」という感想になるのです。

しかしそれは利己的なこの世的な成功という意味で「思うようにいかない」ということで、魂の別次元においてはそれで良い、とかんがえるもう一つの自分がいます。

この世だけではないと知っている魂(真我)は、魂の進化こそが人生最大の目標であり更なる魂の輝きを求めて人間性を一段また一段と登ることを生きがいとしているからです。

ですから  困る 出来事 と 感じ られる よう な 事 が 起き た として も、 本源 の 我 で あり、 真 我 で ある 我が 魂 の 目からみると、むしろ望ましいことになる場合があるのです。

引き寄せの法則

ですから、今流行(はや)りの「この世の成功をのみ望む成功の法則」や「引き寄せの法則」などに夢中になっている今の 世界には今一つ腑に落ちない人生観を感じます。

事はそんなに単純ではないですよ、と思うからです。

うまくいかないようになっている方が逆に「真の成功」に

近づいている場合もあるということです。

この辺はなかなか人生の機微と言いますか複雑なところがあります。

それもこれも「肉体我と真我と言われる自分の実相」が分からないとよくわからないかもしれません。

私は、かつて次のようなメッセージを見えない世界から頂いたことがあります。
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見えない世界からのメッセージ

ある時、見えない世界からあるメッセージがありました。

それは

「すべてはうまくいっています。

         早く本当の自分を知ろう。

               実は<あなた>はいません。」

というものでした。

なんだこれは、とその時は思いました。

長い間、このメッセージの意味がよくわかりませんでした。

当時、私は、仕事の面でも家庭の面でも特に子どもの問題について「うまくいっていませんでした」。

それと「本当の自分」という意味がよくわかりませんでした。

「本当の自分」が分かりませんから、”実は<あなた>はいません”の意味がまるでわかりませんでした。

当時の私にとっては難解なメッセージでした。

でも、今はよくわかります。

魂(我が真我)から見れば、「すべてはうまくいっているのです」。

そのために人生上のいろんなトラブルが起こるわけです。

それは魂の訓練、磨き、向上のための試練であり修行として、「必要・必然・ベスト」のものとして、起こって来るものだからです。

そして「私はあなた、あなたは私」の「絶対界にいる本当の自分の世界」を知れば「実は相対界にいる<あなた>はいません」ということで、その意味もよく理解できたわけです。 

さらに言えば、「私はあなた、あなたは私」の「絶対界にある自分」だからこそ、すなわちこのような実相世界であればこそ、この世でも、また、私が他の人々にすることは自分にしていることとなって跳ね返ってくる世界になっていることがわかりました。

人の悪口を言えば、それは同時に自分に言っていることだから、自分も悪口を言われるような”人を呪わば穴二つ”の現象を、 内なる生命体(実は内なる神、絶対界にある自分)が創造するのです 。

一方、「己を愛するように他を愛する」行いをしていると、内なる生命体(神)はあなたとその相手に幸せを創造してくれます。

以上のことも、実際に実験をして体で理解することができます。

一例として、 A という人が   仰向けに横たわっている B という人 の首から手を入れて起こそうとする動作があるとします。

介護の時によくある場面だと思います。

Aの人が B に向かって「愛しています、好きです、いつも感謝しています」と思ってあるいは言って、 B の人の首を下から起こそうとしますと、らくらくと起こすことができます。

ところが、今度は A の人が Bに向かって心の中でだけでいいですが、「俺はあんたが嫌いなんだよ、なんで俺が起こしてあげなきゃいけないんだよ、おおやだ、くそ」と思ってBの首を 持ち上げようとすると、今度はとても重く感じ、なかなか起こすことができない状態になってしまいます。

皆さんはこれを誰かを相手に実験してみることができます。

するとよくわかります。

それほど思いを込めなくても、今言ったような思いで実験してみると、まず同じような結果が出ると思います。

ですから日常世界においても、この「心の在り方」というものが、いかに我々の生活においても影響を及ぼしているのか、ということがよくわかるかと思います。 

ということは、「私はあなた、あなたは私」の実相の世界は、この世にあっても、見える形とは異なり、そのように自他は一体のように出来ている、と考える外ありません。

これは一つの福音(ふくいん、喜ばしいよい知らせ)だと思いますが、皆さんはどう思われますか。

自分の講演のお知らせ

次に、私事で恐縮ですが、今度、東京お茶の水で「弓前文書」をからめて神道の講演をする予定があります。

この下にそのお知らせが掲載されている「パンドラの箱は開けられた」に載っていますので興味ある方はクリックしてみてください。

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