企業経営者の座右の銘、第一位は「為せば成る 為さねば成らぬ・・」でした

 

”為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは 人の為さぬなりけり”という格言があります。

この格言のもつ「深さ」について考えさせられました。

今回はこれを話題にします。

”為せば成る”の格言の深さ

”為せば成る”と強い決意を持って事に当たれば、大抵の物事は必ず成るものだ、という意味だと思いますが、煩悩具足(ぼんのうぐそく)の我々凡人にとっては、やってみればわかりますが、ことはそう簡単には行かないということを、特に若い時は思うものです。

私も小学校時代の小さい頃から、 父方の祖母から、口癖のようにこの言葉を何度か聞かされたことはありましたけれども、簡単に「やればできる」と感じただけでそれほど深い哲理があろうとなどとは思ってもいませんでした。

もっともこの深い哲理を説明されたとしても分からなかったでしょうけれども、とにかくこの言葉は広く人々に知られていた格言だったように思います。

まずはこの言葉の出典を考えてみます。

ネットなどで調べてみると、一般には 江戸時代の米沢藩主、上杉鷹山(うえすぎようざん)の言葉だとされています。

しかし、その前に、戦国時代の武田信玄の言葉として「為せば成る、為さねば成らぬ成る業(わざ)を、成らぬと捨つる人のはかなき」という言葉があるというのです。

意味は、 強い意志を持って物事を行えば必ず達成するものだが、しかしすぐ諦めてしまうものだ、と言った意味です。

武田信玄の旗

ところが、武田信玄の歌の方は前の方は同じ意味ですが、「事は、そう簡単にはいかない」と言う凡人の嘆きを揶揄(やゆ、からかうこと)しているような歌になっています。

信玄の歌の方は 努力すればできることはわかるが、私も経験したように、初めは一生懸命やるのですが、ことはそう簡単にはなかなか成るものではない、ということを悟って、どうしても無理だと諦めてしまう、そこに人間の弱さがあると言う 世の常の凡人の悲しさを皮肉ったような言葉だと思います 。
スポンサーリンク




「為せば成る」のほんとうの出典

ところがこの「為せば成る」の言葉、実は、 中国の古典の中の 『書経』太甲下篇(紀元前659年)にあるらしいのです。

「慮(はか)らずんばなんぞ獲(え)ん、為さずんばなんぞ成らん」からの言葉だ というのです。 

また少し降って、紀元前500年頃の中国で宰相であった晏子(あんし)という人物の言行録である『晏子春秋(あんししゅんじゅう)』の中にも、「為す者は常に成り、行う者は常に至る」という文言があるというのです 。

年代が正しいとすれば、この晏子(あんし)の文言は「書経」からの援用(えんよう、他の文献からの引用)だと思われます。 

それからもう一つの説があります。

この歌の作者の熊沢蕃山説。

これは天才発明家として知られる故 政木和三先生が自らの輪廻転生の話をされた時に、「江戸時代初期の熊沢蕃山(くまざわばんざん)は前世の自分であった」ということをある講演で述べられたことがあります。

その時に、この「為せば成る」の句について「これは私が熊沢蕃山であった時に作った文言です」と述べられたことがあるのです。

熊沢蕃山

そんなわけで今世でそんな輪廻転生のことなど全く分からない小学生の頃から、この「為せば成るの文言」が異常なほどに好きであった、と話されたのをお聞きしたことがあります。

熊沢蕃山は、有名な日本陽明学(ようめいがく、知識を行動と一致させる学問)の祖である中江籐樹(なかえとうじゅ)の教えを受け継いだ陽明学者ですから、中国の古典にも通じていたのでこの「為せば成る」の句を始めて日本で言い出した人なのかもしれません。

しかし武田信玄は熊沢蕃山よりもずっと前の時代の人なので 、もし熊沢蕃山説が正しいとすると武田信玄の作った歌は後世のものなのかもしれません。

後世の者が武田信玄作とした可能性もあります。

上杉鷹山作というのは、いずれにしても崩れる可能性は大きいと思います。

鷹山は熊沢蕃山よりも後の人であるし、中国の古典にその出典があるとすれば中国の古典を学んで自分が愛用する座右の銘としていたことが「上杉鷹山作」となったのかもしれません。

また仮に蕃山作だとしても、その出典は中国古典にあってこれを「為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり”」と表現を変え名言にしたとしただけなのかもしれません。 
スポンサーリンク




上杉鷹山のおこなった驚きの民主主義

上杉鷹山は米沢藩の藩主であったが、当時、藩の財政は極端に困窮を極めていました。

その改革の一端を見てみると、まず下級武士に荒れた土地を開墾することを命じて農業改革に取り組みます。

兵農分離が常識の江戸時代に、武士が農業をすることは非常識なことと考えられていたため大変な反発がありました。
しかし、自ら籍田せきでんの礼(くわをふるって田を耕し豊作を願う)を行うことで、領民の理解を得、徐々に荒れた土地が生まれ変わり、年貢を増やすことに成功します。
次に、米沢は寒冷地であるため、稲作だけでは収入が安定しないと考えた鷹山は、うるしこうぞ、桑、紅花などの栽培をはじめたのです。    上杉鷹山
農民だけでなく、藩士も自宅の庭でこれらの作物を植えて育てることを命じ、自らも城内で栽培します。

更に、他藩から技術者を招き、藩士の家族(妻・老人・子供)に漆(うるし)の実からロウソクを、楮(こうぞ)の皮を剥(はい)で和紙を、紅花の花から染料を、桑の葉で蚕(かいこ)を飼い生糸(きいと、蚕のまゆから採ったままの糸)を紡(つむ)いで絹織物を作ることを命じたのです。

その代わりに鷹山の有名な伝国の辞(でんこくのじ)というものを発令し、君民一体になって藩立て直しを始めたのです。

一、国(藩)は先祖から子孫へ伝えられるものであり、我(藩主)の私物ではない

一、領民は国(藩)に属しているものであり、我(藩主)の私物ではない

一、国(藩)・国民(領民)のために存在・行動するのが君主(藩主)であり、”君主のために存在・行動する国・国民”ではない

  三ヶ条を心に留め忘れなきように

天明五巳年二月七日  治憲 花押

治憲(はるのり)とは鷹山のことです。

こんな民主主義が江戸時代にあったことはほんとうに信じがたいことです。

彼の偉いところは藩主である己と領民とを同等の人格とみなすことから始まり、 農民も藩士も己と同じ一個の人間だと言っていることです。

かのケネディ元アメリカ大統領・ クリントン元アメリカ大統領が最も尊敬する日本人政治家である、と言われている事がよくわかります。

スポンサーリンク




文化勲章受賞者、上村松園(うえむらしょうえん)の証言

さて、「為せば成る」の歌の本当の作者はだれかというよりも、ここで大事なのは、この格言の持っている哲理の深さとその魅力です。

改めてこの「為せば成る」の歌の意味深さを考えてみたいと思います。

まずはじめに、美人画を描いて女性として初めて文化勲章を受賞した日本女流画家の上村松園(うえむらしょうえん) のこの歌についての感想を引用をします。 

「天の啓示とでも申しましょうか、人事最後まで努力すれば必ずそのうしろには神仏の啓示があって道は忽然と拓けてまいるものだと、わたくしは、画道五十年の経験から、しみじみとそう思わずにはいられません。なせば成るなさねば成らぬ何事も、ならぬは人のなさぬなりけり……の歌は、このあたりのことをうたったものであろうと存じます。(上村松園 『無題抄』)」

上村松園

人事最後まで努力すれば、必ずそのうしろには神仏の啓示があって道は忽然と拓けてまいるものだ」と言っていますが、これは「人事を尽くして天命を待つ」と言う格言に通ずる表現かと思います。

しかし「人事の最後まで努力する」ということが問題で、多くの人が経験しておられるように、これが長続きしないのです。

ですからこの「長続きをさせる」と言う モチベーションをどのようにしたら保てるか ということが問題なのです。 

私事になりますが、この問題の解決を試みた私のブログがありますので、この点に関してはそのブログを参考にしていただければ幸いです。

それは驚きの「願いをかなえる」意外な条件、その無料公開ーその2として書きましたので興味ある方は 是非そちらを見てほしいと思います。

それで思い起こすのが「一生懸命」と「一所懸命」の違いです。

「一生懸命」 は、とにかく目先の目標に向かってがむしゃらに突き進むのですが、どうもこの一生懸命の努力にはある欠点があります。それは「長続きしない」という欠点です。

それが信玄の歌「「為せば成る、為さねば成らぬ成る業(わざ)を、成らぬと捨つる人のはかなき」という結果を引き起こしてしまうのです。

ところが後者の「一所懸命」の方は、未来の目標はもちろん持ちながら、さらにこの目標を根底から支える「世のため人のためという大きな目的」を根本に据えて、今いるところの「ここ」に命をかける生き方です。

先ほどご紹介しましたブログでも書きましたように、その方が「為せば成る」可能性は格段に高くなると私は考えています。

すなわち、個人的な願望に終始する「夢」よりも、「世のため人のために」が入った「大志」の方がその人を大きく動かす強いエネルギーという原動力が生まれ、その人を後押ししてくれる、と考えます。

なぜ「為せば成る」が信玄のいうような「諦める人」になってしまうのか 、それは目標だけで目的に欠けているからである、ということがわかります。

そういう意味でも、人生の個人的・利己的な目標を立てるに当たって、それはそれでいいのですが、その目標を支える「世のため人のため」と言う一見矛盾する利他的な目的によってかえってその個人の目標も叶いやすくなる、というその逆説の中に真理があるということです。

真理は常に逆説的である、真理はそれ以外に表現する方法がないからです。

これを少し難しい表現になりますが「絶対矛盾的自己同一(ぜったいむじゅんてきじこどういつ、西田幾多郎の言葉」と言います。

ここの例で言えば「利己と利他」の異質の想いが、この同じ身の内にあるのが人間だ、ということです。

これもまた難しい言い方ですが、福岡伸一という先生は「異質同体」と言っています。

西田幾多郎

なお、企業経営者の座右の銘、すなわち自分の心を律するための格言の第一位は、この「為せば成る為さねば成らぬ何事も・・・・」でした。

第2位は「継続は力なり」です。                         絶対矛盾的自己同一の陰陽太極図

納得です。

スポンサーリンク







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク