死について思うこと

死について思う年頃

志村けんさん や岡江久美子さん  ジェリー伊藤さん千葉真一さん それに笑福亭仁鶴さんと 多くの芸能人の方々の訃報を目にする今日この頃ですが 自分もこの方々の年齢に近づいているということもあり やはり「死ぬということ」 を他人ごとではなく リアルな自分のこととして 考えざるを得ません。

またこれは老齢による死ではありませんが 同じ 若い方々の自殺がコロナというせいもあってか 増えているようです。

それも若い女性の自殺者が 特に30代以下の女性の自殺者が去年に比べ74%も増えているというのです。

実際、去年の2020年8月の1ヶ月の間だけで、自殺した人は全国で1854人にも及び 一ヶ月の間に193人が自死で亡くなっている というのですから驚きです。

最近では、有名な人気女優、竹内結子(たけうちゆうこ)さん(四十歳)の自殺 同じ女優さんの芦名星(あしなせい)さん(三六歳) 少し前に男優の三浦春馬さん(三〇歳)も 誰にも予想できなかった自殺を遂げ あえなくこの世を去っています。
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これ は 私 の 勝手 な 推測 では あり ます が、 この 三人 に 共通 する 共通点 は 何 かと 言い ます と、 ろくに 学校 にも 通え ない 環境 で 小さい 頃 から 芸能 活動、 芸能 生活 に 入っ て、 休む 暇 も 無く 引っ張り まわさ れ て い た ところ に、 その 自殺 に 至る 遠因 が あっ た のでは ない か、 という こと です。

学歴 が ある か どう かと 言う 問題 を 申し て いる のでは あり ませ ん。   知識 や 常識 が ある か どう か、 という 問題 では ない の です。   そういった もの は、 いつ でも、 どこ でも、 精進 し て 得る こと が できる でしょ う。   やはり、 たしか 小学校 も ろくに 行か せ て もらえ なかっ た 大 女優、 高峰秀子 さん は、 小さい 頃 から 引っ張り 凧 の スター で あっ た よう です が、 常に 暇 が あれ ば、 あるいは 暇 を 見つけ ては 読書 を し て い た そう です。   そして 自分 の こと を 考え、 世間 を 考える ひととき を もっ て い た よう です。   その 高峰 さん の 書い た 文章 は、 ある 年 の 東京大学 の 入試 の 国語 の 問題 に使わ れ た ほど 優れ た もの でし た。   一方、 先 ほどの お 三方 は、 来る 日 も 来る 日 も、 その 芸能 活動 に 明け暮れ、 ゆっくり 自分 を 見つめる とか、 人生 を 考える とか、 生きる とは どういう こと なのか、 といった「 自分自身 で い られる 大切 な 時間」 を 自由 に 取る こと が でき ない、 スケジュール いっぱい の 隔絶 さ れ た 環境 で 生き て い た よう です。
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これ を 何 十年 も 続け て いれ ば、 おかしく なら ない 方 が むしろ 不思議 だ とは 言え ない でしょ う か。     おそらく、 そこ には、 自分 でも わけ の わから ない 苦しみ や 虚し さが、 心 の 中 から 中 から 湧き 上がっ て 来 て い た のでは ない でしょ う か。

そこで 今回から「人は死んだらどうなるのか」と言う死後の行方ということについて考えてみたいと思います。

無論これはあくまで一つの仮説としてお話しするお話です。

いろんな状況証拠から「どうもそのようだ」という程度以上の 科学的な証拠に裏付けられた話をすることはできません。

今のところ「死んだら 人はどうなるのか」というその正解を科学的に見て「こうである」と言うことは誰にも出来ないからです 。
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死は誰も絶対に認識は出来ない

「死について」を考える序論として 武田邦彦さんという工学者で評論家の方の「誰も死を絶対に認識することができない」という面白い見解をご紹介し皆さんとご一緒に共有したいと思います。

「死後の世界があるかどうか」ということについては 大きく二つに分かれると思います。
一つは「死んだら全てが終わる 何もかもなくなって土にかえる 死後の生命も霊魂もない」と言う一般に「唯物論」と言われている考え方です。

もしこういう考え方の方々が死んだ場合「何もかもなくなるわけですから」絶対に「死を認識することはできない」ということになります。

なぜなら認識し識別するための五官も何もかもが ないからです。

もう一方は「死後の世界もある」と考える方々ですが この方々もいわゆる死して次の世に行ってみると「死というものを体験しないわけですから 死を認識することはできない」ということになります。

両方それぞれの考え方は いずれも「死を認識することができない」という点では同じで共通しています。

なるほど面白い観察だと思います。

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